カテゴリー:青空文庫

  • 鈴木 大拙:楞迦窟老大師の一年忌に当りて

    2018-10-18公開  入力:酒井和郎, 校正:岡村和彦  (7k/16k)  “月日のたつのは誠に早い、楞伽窟の遷化せられてから、もう一年を経過した。昨日今日のように思うて居たが、この分で進めば三年も七年も間もなく過ぎることであろう。そうして他人と自分と皆悉く「永遠」と云うものの裡に吸い込まれて行く。人生も意義があるような、ないような、妙なものである。「永遠」を「刹那」に見て行けば、刹那刹那に無限の義理があるとも云えるが。それでも刹那は水の泡のように次から次へと消えて仕舞う。は…”…
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  • 田山 花袋/田山 録弥:父親

    2018-10-17公開  入力:tatsuki, 校正:津村田悟  (6k/15k)  “一 多喜子は六歳の時に此処に来たことがあるさうであるけれども、さうした覚えは少しもなかつた。石段になつてゐるやうな坂の両側に宿屋だの土産物を売る店だのが混雑と並んでゐて、そのところところから温泉の町のしるしである湯気がぱつと白く夜の空気を隈取つた。 『不思議ね。ちつとも覚えてゐないわ』 『さう……』 姉の政子はそんなことは何うでも好いといふやうに素気なく言つて、ぐんぐん石段を登つて行つた。 しかし多…”…
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  • 田山 花袋/田山 録弥:手品

    2018-10-17公開  入力:特定非営利活動法人はるかぜ, 校正:岡村和彦  (4k/9k)  “矢張私達の問題は、作者の頭の中のイリユウジヨンを如何にそこにあらはすかといふことが大切であつて、古来幾多の作品に徴してもそれだけはたしかであるやうである。それは時代的背景とか、時代的思想とか、またはその時の調子とか気分とかいふものも決して度外視することは出来ないけれども、さういふものはその表現の中に必然にあらはれて来てゐなければならないもので、私達作者に取つては、その表現といふことが一番肝腎であるの…
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  • 山本 周五郎:季節のない街

    2018-10-16公開  入力:特定非営利活動法人はるかぜ, 校正:富田晶子  (185k/502k)  “街へゆく電車 その「街」へゆくのに一本の市電があった。ほかにも道は幾つかあるのだが、市電は一本しか通じていないし、それはレールもなく架線もなく、また車躰さえもないし、乗務員も運転手一人しかいないから、客は乗るわけにはいかないのであった。要するにその市電は、六ちゃんという運転手と、幾らかの備品を除いて、客観的にはすべてが架空のものだったのである。 運転手の六ちゃんは「街」の住人ではない。中通り…
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  • 野村 胡堂:銭形平次捕物控 054 麝香の匂い

    2018-10-15公開  入力:特定非営利活動法人はるかぜ, 校正:結城宏  (14k/42k)  “一 「旦那よ――たしかに旦那よ」 「…………」 鬼になった年増芸妓のお勢は、板倉屋伴三郎の袖を掴んで、こう言うのでした。 「ただ旦那じゃ解らないよ姐さん、お名前を判然申上げな」 幇間の左孝は、はだけた胸に扇の風を容れながら、助け舟を出します。 「旦那と言ったら旦那だよ、この土地でただ旦那と言や、板倉屋の旦那に決ってるじゃないか。幇間は左孝で芸妓はお勢さ、ホ、ホ、ホ――いい匂いの掛け香で、旦那ばかり…
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  • 国枝 史郎:半七雑感

    2018-10-15公開  入力:門田裕志, 校正:きゅうり  (5k/12k)  “一 岡本綺堂氏の「半七捕物帳」その主人公の半七に就いて些私見を述べることにする。 「……三十二三の痩ぎすの男で、縞の着物に縞の羽織を着て誰の眼にも生地の堅気とみえる町人風であった。色の浅黒い鼻の高い、芸人か何ぞのように表情に富んだ眼を有っているのが、彼の細長い顔の著るしい特徴であった」 働き盛りの半七といえば、こんなような風貌を持ってたらしい。 「しかしこんな稼業の者にはめずらしい正直な淡泊した江戸…”…
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  • 伊藤 左千夫:子規と和歌

    2018-10-14公開  入力:高瀬竜一, 校正:きりんの手紙  (5k/13k)  “正岡君については、僕などあまりに親しかッたものですから、かえって簡単にちょっと批評するということ難かしいのです、そりゃ彼の人の偉いところやまた欠点も認めて居ないこともないのですが、どうも第三者の位置にあるよう、冷静な評論は出来ませんよ。 僕も初めから正岡君とは手を握って居た訳ではないのです、むしろ反対の側にあったもので時には歌論などもやったものです、それが漸々とその議論を聴き、技倆を認め、ついに崇敬…”…
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  • 伊藤 左千夫:根岸庵訪問の記

    2018-10-14公開  入力:高瀬竜一, 校正:きりんの手紙  (4k/8k)  “近来不良勝なる先生の病情片時も心にかからぬ事はない。日本新聞に墨汁一滴が出る様になってから猶一層である。或は喜び或は悲み日毎に心を労している いくらか文章に勢が見えて元気なことなどの出た日には。これ位ならばなどと心細い中にも少しく胸が休まるような感じがするものの実際は先生の病情少しも文章の上では推測が出来ないのが普通であるのだ。 歌の会俳句の会すべてを止めて余り人にこられては困ると云うようになってよ…”…
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  • 泉 鏡花:浮舟

    2018-10-13公開  入力:門田裕志, 校正:砂場清隆  (23k/86k)  “一 「浪花江の片葉の蘆の結ぼれかかり――よいやさ。」 と蹌踉として、 「これわいな。……いや、どっこいしょ。」 脱いで提げたる道中笠、一寸左手に持換えて、紺の風呂敷、桐油包、振分けの荷を両方、蝙蝠の憑物めかいて、振落しそうに掛けた肩を、自棄に前に突いて最一つ蹌踉ける。 「……解けてほぐれて逢う事もか。何を言やがる。……此方あ可い加減に溶けそうだ。……まつにかいあるヤンレ夏の雨、かい……とおいでなすっ…”…
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  • 折口 信夫:東北民謡の旅から

    2018-10-12公開  入力:門田裕志, 校正:フクポー  (7k/14k)  “奥州から出羽へかけての旅、時もちやうど田植ゑに近くて、馬鍬や、※を使ふ人々が、毎日午前中に乗つてゐた汽車の窓の眺めでした。かうして民謡試聴会場に這入ると必、何か農耕と関係の深い民謡や民俗舞踊を見せて貰ひました。昔、芭蕉は白河を越えるとすぐ、「風流のはじめや奥の田植唄」の句を作つてゐます。此は田植ゑに都風な唄を用ゐはじめた昔物語を聞いたからでせう。奥州の村人が都の風流にふれたのは、さうしてはこばれた田…”…
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